浦和地方裁判所 平成8年(ワ)548号 判決 2000年8月18日
両事件原告 野口寿永
他1名
右両名訴訟代理人弁護士 川島仟太郎
両事件被告 武南自動車株式会社
右代表者代表取締役 小林康重
右訴訟代理人弁護士 小山勉
主文
一 (甲事件請求につき)
被告の平成八年二月一〇日開催の株主総会における「前代表取締役である故小林克己に対して、借地権売却代金の中から弔慰金として二七〇万円、退職金として四八六〇万円の支給額並びにその支給を承認する。」旨の決議及び同年七月一日開催の株主総会における「前代表取締役である故小林克己に対して、弔慰金として二七〇万円、退職金として四〇五〇万円の支払を承認する。」旨の決議をいずれも取り消す。
二 (乙事件請求につき)
被告が平成六年九月九日にした額面普通株式一万株の新株発行は不存在であることを確認する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
両事件請求につき、主文第一、二項同旨
第二事案の概要
一 本件は、被告の株主である原告らが、甲事件請求として、被告に対し、被告の平成八年二月一〇日及び同年七月一日に開催された各株主総会において行われたという被告の前代表取締役であった亡小林克己に対する退職金等の支給を承認する旨の各決議の取消を求めるとともに、乙事件請求として、被告との間で、平成六年九月九日に行われたという額面普通株式一万株の新株発行が不存在であることの確認を求めている事案である。
二 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、以下の括弧内に挙示する証拠ないし弁論の全趣旨によって認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。
1 当事者等
(一) 被告は、自動車による貨物運送業、自動車及び一般内燃機関の修理並びに右部品の販売等を目的として(甲一)、昭和三九年二月二六日に設立された株式会社である。
(二) 原告野口寿永は、昭和四二年六月以降、原告野口光次は、昭和三九年以降、いずれも現在に至るまで被告の株主であるところ、現在も被告の取締役の地位にあるか否かはともかくとして、かつて被告の取締役であったことに争いはない。また、原告寿永が、昭和四二年五月から昭和五八年六月までの間、被告の代表取締役に就いていたことも争いがない。
(三) 他方、被告の代表取締役として当事者欄に記載した小林康重も、その持株数は後記の新株発行の存否をめぐって争いがあるが、被告の株主であることに争いはない。また、その選任の根拠となる株主総会及び取締役会の決議が何時の時点における決議であるのかをめぐって争いはあるが、現在、被告の取締役としての権利義務を有し、かつ、代表取締役としての権利義務を有する立場にあることも争いがない。
2 被告の取締役ないし代表取締役の選・退任関係
(一) 被告は、原告寿永が代表取締役を辞任したのに伴い、昭和五八年六月から小林克己が後任の代表取締役の地位に就いていたところ、克己が平成五年八月一五日に死亡したため、亡克己の長男である康重、中村重光及び佐藤順一の三名が、克己の死亡に伴い開催された同年一〇月四日の株主総会(以下「平成五年総会」という。)において、被告の取締役に選任され、同総会で取締役に重任されていた原告ら二名を加えた以上五名(以下「原告ら五名」という。)で構成された同日開催の取締役会(以下「平成五年取締役会」という。)の決議で康重が後任の代表取締役に選任され、その地位に就いた。
(二) 被告の平成六年八月六日に開催されたという株主総会(以下「平成六年総会」という。)の議事録(甲四)には、その効力はともかくとして、原告ら五名の取締役及び監査役の全員が退任を申し出たため、改選の必要が生じ、役員の選任をした旨記載されている。もっとも、平成六年総会には、別の議事録(甲二六)もあるが、これには、平成五年総会で重任ないし選任された原告ら五名の取締役は、平成六年総会の前の同年二月二八日の定時株主総会の開催に伴い、任期満了により、その全員が退任した旨記載されている。
(三) そして、前記議事録(甲四、二六)には、平成六年総会において、康重が取締役として重任されたうえ、新たに亡克己の妻小林八重子及びその長女水野理恵の二名が取締役に選任された旨記載されているほか、同日開催されたという以上三名(以下「康重ら三名」という。)で構成されている取締役会(以下「平成六年取締役会」という。)の議事録(甲二七)には、康重が代表取締役に選任された旨記載されている。
3 亡克己に対する弔慰金及び退職金の支給
(一) 第一次の支給決議とその帰すう
(1) 被告は、平成八年一月吉日付けの書面(甲二)をもって、株主全員に対し、次の議題により、同年二月一〇日午後三時から、被告本店会議室において、株主総会を開催する旨を通知した。
(1) 第一号議案 第四二期決算報告の件
(2) 第二号議案 会社の解散に関する件
(3) 第三号議案 役員退職金支給に関する件
(2) そして、右通知のとおり、同年二月一〇日、被告本店会議室において、株主総会(以下「第一次総会」という。)が開催されたことを前提に、同総会の議事録(甲三)が作成されているが、これには、右第一号及び第二号議案とともに、第三号議案として、「借地権の売買について(追認)」、第四号議案として、「克己に対する弔慰金二七〇万円及び退職金四八六〇万円支給に関する件」の決議を(原告らが反対したが)それぞれ商法所定の賛成決議に必要な賛成を得て可決承認した旨記載されている(以下「第一次決議」という。)。なお、右決議では、原告ら、康重、八重子、理恵及び佐藤の当時の株主六名の全員が議決権を行使しているが、理恵の議決権は、越澤淳二を代理人として行使されたことになっている。
(3) これに対し、原告らは、当庁に対し、右弔慰金及び退職金の支払を停止する旨の仮処分を申し立て(平成八年(ヨ)第一三〇号仮処分事件)、当庁は、同年四月九日、その申立てを認容する決定をした(甲一六)。
(二) 第二次の支給決議とその帰すう
(1) 被告は、同年七月一日、株主総会を招集する旨を通知し、同日午後二時から、康重宅において、株主総会(以下「第二次総会」といい、第一次総会と併せて「平成八年総会」という。)が開催されたことを前提に、同総会の議事録(乙七)を作成しているが、これには、第一次決議の退職金の計算に誤りがあったとし、減額して四〇五〇万円を支給する旨の決議を(原告らが反対したが)議決権株式総数の三分の二以上の賛成で可決承認した旨記載されている(以下「第二次決議」といい、第一次決議と併せて「本件支給決議」という。)。なお、右決議では、康重、八重子、理恵及び原告らの当時の株主五名の全員が議決権を行使しているが、理恵の議決権は越澤が、原告寿永のそれは原告ら訴訟代理人の川島弁護士が代理人として行使したことになっている。
(2) しかし、原告らは、第二次総会に先立ち、当庁に対し、仮に支給額を減額するとしても、特別利害関係人の決議に基づく支給は差し止められるべきであるとして、再び仮処分を申し立て(平成八年(ヨ)第二六三号仮処分事件)、当庁は、同年六月二七日、その申立てを認容する決定をした(甲二三)。
(三) 弔慰金及び退職金の支給
被告の主張によれば、被告は、本件支給決議に係る弔慰金二七〇万円及び退職金四〇五〇万円、以上合計四三二〇万円(以下「本件退職金等」という。)につき、亡克己の相続人である康重ら三名に対し、平成八年四月五日に四〇〇〇万円、同月八日に三二〇万円をそれぞれ支払い、その支給を完了しているということである。
4 新株発行による増資の登記
被告は、平成六年総会において、資本金をそれまでの倍額の一〇〇〇万円に増額する旨の決議を行ったことになっていて(前記甲四)、平成六年九月一四日、新株一万株が同月九日に発行されたこと(以下「本件新株発行」という。)を原因として、資本金を一〇〇〇万円、発行済株式総数を二万株とする旨の登記(以下「本件増資登記」という。)をしている(甲一〇)。
5 その他の事情
(一) 平成六年総会決議の効力
被告は、平成六年総会において、役員交替の決議を行ったことになっているが(前記甲四)、平成六年総会決議が不存在であれば、前記役員の交替はなく、したがって、平成五年総会決議で取締役に重任ないし選任された原告ら五名が、後任の取締役が選任されるまでの間、なお取締役としての権利義務を有していることになる。
(二) 工場敷地の借地権の売却
被告は、第一次総会前の平成七年一二月二日、会社資産である榎本すいから賃借していた工場敷地の借地権(与野市《番地省略》所在・地積八〇〇平方メートル。以下「本件借地権」という。)を榎本に六六〇〇万円で売却している。
(三) 平成八年総会の議決権行使の株式
本件支給決議がされた平成八年総会においては、前記のとおり、康重も議決権を行使しているが、その議決権行使の対象となった株式には、本件新株発行によって康重が引き受けたという新株一万株も含まれている。
三 本件訴訟の争点
1 甲事件の争点は、本件支給決議の効力であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。
(原告ら)
(一) 第一次決議について
(1) 第一次決議は、以下のとおり、その招集手続が法令に違反し、その内容も著しく不公正であるから、取り消されるべきである。
① 第一次総会の招集権者である取締役会を構成した取締役につき、平成六年総会における取締役の選任決議が不存在であるから、正当な取締役会の決議が存在しないことになり、商法二三一条に違反する。
② 第一次総会で可決承認されたという第三号議案は、同じく同総会で可決承認され、招集通知には第三号議案として記載があった第四号議案に密接に関係しているところ、その記載から第三号議案の内容を知ることもできないから、第一次総会の招集通知は、「会議の目的たる事項」の記載がないに等しく、商法二三二条二項に違反する。
③ 第一次総会の招集通知には、貸借対照表、損益計算書等の計算書類が添付されていないので、商法二八三条二項に違反する。
④ 第三号議案は、営業譲渡に準ずる重要な議案であるから、その要領を招集通知に記載すべきであるにもかかわらず、それを記載していないので、商法二四五条に違反する。
(2) また、第一次決議は、当該決議に特別の利害関係を有する株主によって行われた著しく不当な決議であるから、取り消されるべきである。
① 本件借地権は、被告の存続のために必要な唯一の資産である。
② 克己は、被告の代表取締役としてその業績を悪化させ、損害を与えており、被告に対して功績を与えたものと評価することはできないし、本件借地権に関して何らかの金銭的負担をしたことはないから、克己に対し、第一次決議のような退職金等を支給する理由はない。
③ 第一次決議においては、平成六年九月九日に発行されたという本件新株を引き受けたという康重が当該株式を含めて議決権を行使しているが、本件新株発行は、後記のとおり、不存在であるから、本件新株発行後の株式数を議決数に算入することは許されない。
④ 第一次決議は、その目的が平成六年総会決議を発端として計画された康重ら三名によるいわば会社資産の領得のために、本件借地権の売却直後に行われた、極めて違法性の強い不当な決議である。
(二) 第二次決議について
(1) 第二次決議も、前同様、当該決議に特別の利害関係を有する株主によって行われた著しく不当な決議であり、取り消されるべきである。
(2) 第二次決議の取消請求の出訴期間
第二次決議は、第一次決議を修正した追認的な決議であり、形式的なものにすぎない。本件退職金等は、実質的には、第一次決議に基づいて支給されている。したがって、出訴期間についても、第一次決議を基準にすべきものである。仮に第二次決議を基準に考えても、被告では、以後、商取引は行われていないこと、第二次決議は、第一次決議の追認的な決議であること、既に第一次決議の取消訴訟が提起された後の訴えの追加的変更によっているので、時の経過により採証が困難となったという事情もないことなどに鑑みれば、出訴期間を制限する商法二四八条を適用することは、法の求める正義に著しく反する結果となる。
(被告)
(一) 第一次決議について
(1) 第三号議案に係る本件借地権の売買は、個別的な会社資産の譲渡であり、株主総会の決議事項ではないから、そもそも招集通知に議題を記載する必要はない。
(2) 康重ら三名が特別利害関係人であるとしても、前代表取締役である亡克己に対して相当の退職金を支給する旨の第一次決議は、商法二四七条一項三号に規定するような著しく不当な決議ではない。すなわち、
① 克己は、本件借地権の契約更新料一〇〇〇万円を被告に対する貸付の形で個人的に負担して支払っている。
② 克己は、設立当初から三〇年間にわたって被告の業務全般を取り仕切り、現実に被告に貢献してきたのであるから、功績倍率を三倍として評価することは決して不当ではなく、その計算により退職金を支給する旨の第一次決議は正当なものである。
③ 本件の退職金については、税務署からも、相当額として、損金算入が認められている。
(3) 仮に第一次決議が取り消されるべき決議であったとしても、当該決議は、その後の第二次決議によって追認されているから、第一次決議の取消を求める訴えの利益はない。
(二) 第二次決議について
第二次決議の取消を求める旨の訴えは、当該決議の日から三か月を経過した後、第一次決議の取消を求めて提起されていた訴えを追加的に変更して提起されたものであるところ、その時点では、既に出訴期間を徒過していた不適法な訴えであるから、却下されるべきものである。
2 乙事件の争点は、本件新株発行が不存在であるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。
(原告ら)
本件新株発行は、瑕疵が著しく、実体のないものであって、単に本件増資登記があるにすぎず、不存在である。すなわち、
(一) 本件新株発行に際しては、取締役会の決議が行われていない。
(二) 被告が増資の決議をしたという平成六年総会については、書面によるその旨の招集通知がなく、同総会で増資の決議がされた事実もない。
(三) 被告は、本件新株発行が一株五〇〇円という明らかに有利な発行価格であったにもかかわらず、特別決議を経ていない。
(四) 本件新株発行は、株主に対する公告又は通知、新株引受人の募集、株式申込み、新株割当てなどの手続が一切行われていないにもかかわらず、康重が自ら増資分の全ての新株を引き受けたと称しているにすぎない。
(五) また、本件新株発行は、その払込期日までに払込みが行われた事実もないから、康重は、その後の履行の有無にかかわらず、新株引受権を失権している。被告が主張するように、康重が被告に対する貸金債権を現物出資したという事実もなく、当該年度の決算報告書でも、資本金の変更は記載されていない。仮に康重による現物出資の事実があったとしても、被告に対する金銭債権をもって現物出資の目的とすることは、商法二〇〇条二項に反する違法な払込方法である。
(六) 本件新株発行は、康重ら三名及び越澤が、増資の必要性もないのに、持株数の比率を四一パーセントから七〇・五パーセントに引き上げて株主総会を支配し、被告に残された唯一の会社財産である本件借地権の売却代金をいわば領得するという不当な目的を実現しようとして、株式数を操作するために仮装したものであって、現に、康重ら三名は、本件新株発行を利用して、第一次決議において被告の解散決議を行ったとし、被告は、亡克己の退職金等として康重らに多額の現金を支払っている。
(七) 本件新株発行は、以上(一)ないし(六)の事実が同時に存在している、極めて違法性が強いものであって、不存在というべきものである。
(八) また、本件新株発行を不存在としても、既に被告が解散している本件においては、取引の安全を害するなどの不都合もないから、被告主張のように、新株発行無効の訴えについて商法二八〇条の一五第一項の規定する出訴期間の制限を少なくとも本件新株発行の不存在確認を求める原告らの本件訴えについて認める必要はない。
(被告)
(一) 本件新株発行の時点においては、本件借地権の譲渡は予定されていなかったのであるから、新株の発行価格につき、本件借地権の売買価格を考慮する必要はない。
(二) また、本件新株の一株五〇〇円という発行価格は、特に有利な発行価格ではなく、平成六年総会では、持株数の九割に当たる五名の株主が出席し、満場一致で第三者割当にすることが可決されているのであるから、仮に特別決議が必要であるとしても、それ以上の要件を満たしている。
(三) 康重は、本件新株発行により発行された株式を引き受けた時点で、既に亡克己から相続した被告に対する五〇〇万円の貸金債権を有しており、増資相当額の金員が会社に移転していたのであるから、康重の株式引受の意思表示は、当該貸金債権をその範囲で消滅させる意思表示であると解すべきであって、単に振替という帳簿上の操作(乙一〇)が、平成七年二月一二日まで遅れたにすぎず、資本充実の原則には反しないから、本件新株発行が不存在となるものではない。
(四) 本件新株発行は、最低資本金を一〇〇〇万円とする商法改正に合わせるために必要な増資として行われたものであって、原告ら主張のような不当な目的で行われたものではない。
(五) 原告の主張するところは、要するに、新株発行の手続上の瑕疵による本件新株発行の無効をいうに等しく、新株発行無効の訴えについて規定されている商法二八〇条ノ一五第一項所定の六か月の出訴期間を既に経過している本件において、本件新株発行の不存在確認を求める訴えを適法として取り扱う必要はなく、当該訴えも、出訴期間を徒過した不適法な訴えとして、却下されるべきものである。
第三当裁判所の判断
一 原告らは、第一次総会は、その招集権者である取締役会を構成していた取締役である康重ら三名が重任ないし選任されたという平成六年総会決議が不存在であるから、その招集手続が商法二三一条に違反するとし、また、第一次決議で議決権を行使した康重の株式には、本件新株発行で引き受けたという新株一万株が含まれているところ、本件新株発行は不存在であるから、当該株式を康重の議決権に算入すべきではないとし、さらに、本件支給決議には、康重ら三名が特別の利害関係を有しているのに、当該決議に加わっているのは、その内容からしても、著しく不当であるとして、甲事件請求としては、第一次総会における第一次決議、その後の第二次総会における第二次決議、すなわち、平成八年総会における本件支給決議の取消を求め、乙事件請求としては、本件新株発行の不存在確認を求めるものであるが、その主張は、右のとおりに密接に関連する。そこで、以下、まず、平成六年総会における役員選任決議の存否を検討し、次に、同総会において増資の決議がされたか否か、その存否も含め、本件新株発行の存否を検討したうえ、本件支給決議の瑕疵の有無について検討し、甲事件請求の当否、乙事件請求の当否について判断することとする。
1 第一次総会を含む平成八年総会の招集権者
(一) 原告らは、平成六年総会決議は不存在であるから、当該決議によって取締役に重任ないし選任されたという康重ら三名は、被告の取締役ではなく、したがって、康重ら三名の取締役会で第一次総会の招集を決議しても、被告の正当な取締役会の決議が存在しないので、その招集手続が商法二三一条に違反すると主張するところ、平成六年総会には、原告らの主張でも、原告寿永が出席していたことは認めているように、被告の株主による会合があったことは否定できない。しかも、平成六年総会の議事録(甲四)には、前記のとおり、原告ら五名の取締役のほか、監査役を含め、役員の全員が退任を申し出たため、その後任として、取締役については、康重ら三名を選任した旨記載されているのであるが、原告寿永の報告書(甲一七)によれば、原告寿永が出席した会合でも、役員の交替の一件が話し合われたことは認められている。また、原告光次の報告書(甲一四)でも、同原告が被告の取締役であったのは、平成五年ころまでであったというのであって、平成六年総会には、同原告は出席していないが、原告らは、同総会で、役員の交替があったため、以後、被告の取締役の地位を退いているとの認識であったことは、弁論の全趣旨によっても、明らかである。
(二) 右説示したところに証拠(甲四、二六、二七。ただし、甲四については、増資に関する記載を除く。)を総合すれば、康重ら三名が取締役として重任ないし選任された平成六年総会における決議が存在していたことは否定できない。そして、その効力が取り消される余地がなくなっている本件においては、康重ら三名が、以後、被告の取締役の地位にあって、また、康重ら三名による平成六年取締役会で代表取締役に選任された康重が、以後、同社の代表取締役の地位にあったものと認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) したがって、原告らが問題にしている第一次総会も、その後に開催された第二次総会も、すなわち、平成八年総会は、康重ら三名の取締役で構成される取締役会がその招集権者ということになるから、この点につき、原告ら主張の商法二三一条違反はないといわなければならない。
2 本件新株発行の存否及びその議決権の有無
(一) 原告らは、本件新株発行が不存在であることを前提に、本件支給決議では、康重が本件新株発行によって引き受けたという新株一万株の議決権を行使していることを問題にするが、まず、その主張する平成六年総会における増資の決議の存否についてみると、平成六年総会における役員の選任決議が不存在でないことは、前説示のとおりであるから、平成六年総会が被告の株主総会として存在していたことは否定できない。しかし、現に存在する株主総会と、ある決議が当該総会における決議として存在したか否かとは自ずと別論であって、役員の選任を決議した平成六年総会が存在するということから、直ちに同総会における増資の決議が存在したということもできない。
(二) そこで、平成六年総会において、役員選任の決議と同様に、増資の決議も存在したということができるかというと、平成六年総会には、前説示のとおり、原告寿永が出席していたところ、前掲報告書によれば、その会議の場では、原告寿永に対し、新株発行による増資の説明は一切なく、当該新株を被告の株主である同原告に引き受けるか否かの打診すらなかったことが認められるのである。しかも、同総会の招集に先だって、平成五年総会で取締役に重任ないし選任されていた原告ら五名の取締役会で新株の発行が検討された形跡も、平成六年総会の招集に際して、新株発行による増資を議題として通知がされた形跡も窺われない。被告において新株発行による増資の必要があって、総会決議に諮ろうとしていたというのであれば、その旨を当時の取締役会で検討したうえ、これを議題に記載した招集通知をし、その招集通知に基づいて開催された株主総会において、増資の要否に関する質疑応答を経て、その旨の決議が行われるのが普通であると解されるのに、その形跡もなく、平成六年総会に出席し、役員交替の決議があったことを自認している原告寿永に、原告ら五名の取締役会で新株の発行を検討した記憶も、平成六年総会において増資の決議があったという記憶もないというのは、同原告の前記報告書の記載に信を措くことができる本件においては、同総会では、新株発行による増資については、話題にすらならなかったからであって、それ以前に、取締役会も開かれていなかったからであると推認するほかはない。
(三) もっとも、いわゆる授権資本制の下においては、増資の決定は、株主総会の決議事項ではなく、取締役会の決議事項であるから、平成六年総会において増資の決議がされてないとしても、そのことをもって、直ちに本件新株発行が不存在となるものではない。現に、弁論の全趣旨によって商業登記の申請に際して添付したと認められる別の議事録(甲二六)には、増資の決議があった旨の記載はなく、平成六年総会の後に開催されたという同年取締役会で増資を決定した旨の取締役会議事録が添付されているのである。しかし、原告らに平成六年総会の議事録であると説明されていた、登記申請に添付された議事録とは別の議事録(甲四)には、増資の決議がされた旨記載されているのである。それにもかかわらず、前説示したとおり、原告寿永の出席した平成六年総会では、増資の説明すらなかったということは、本件新株発行につき、原告らに総会の場では説明をしても納得を得られないような何か事情があったが、その後、議事録には、その説明があったと記載しておく必要が生じたからではないかと強く推認させるところである。
(四) しかるところ、本件新株発行をめぐる経緯についてみると、弁論の全趣旨によれば、前記取締役会議事録(甲二七)に基づき本件増資登記がされているにもかかわらず、その直後に作成されている被告の四一期の決算報告書(甲六)には、資本増加の記載がなく、また、本件新株につき、康重が被告に対する貸付金を現物出資することによって引き受けた際の処理のために作成されているはずの振替伝票(乙一〇)も、その時点では作成されておらず、平成七年二月二日になって、前任の顧問税理士の落ち度であったかのような付記をして作成されていることが認められるのである。その事実は、被告の監査役越澤淳二の陳述書(乙一五の2)の記載のように、顧問税理士の誤りとか、単なる記帳の遅れにすぎないとみるのは不自然にすぎ、その時点では、そもそも増資の事実がなかったので、顧問税理士もその事実を把握しておらず、顧問税理士が更迭された後になって、増資の事実を裏付けようと、前記振替伝票が作成されたことを物語るものといわなければならない。そして、右の事実に、本件増資登記を経て、本件借地権の売却、平成八年総会における本件支給決議及び解散決議といった一連の事実経過を併せ考えると、増資の事実がないのに、後になってその事実を裏付けるかのような振替伝票が作成されているのは、原告らの主張するとおり、原告らを排斥して、本件借地権を売却して被告の営業を廃止することとし、その残余財産となるべき売却代金を株主である原告らに分配することなく、康重ら三名で取得するための便法として、死亡して三年が経っていた克己に対する弔慰金及び退職金の支給という名目を立てたものと疑わせるに十分であって、その過程において行われたことになっている本件新株発行は、本件増資登記にもかかわらず、被告の主張する貸付金との相殺による払込みの事実もない、その実体を欠いたものであって、これを不存在であるといわざるを得ない。
(五) 被告は、本件借地権の売却も、本件新株発行も、前記のとおり、右認定とは異なる目的で行われたものであると主張するが、本件借地権の売却から本件支給決議、被告の解散決議に至る一連の事実経過は、被告の主張を恣意的な主張として排斥するのに余りあるものであって、康重が引き受けたという本件新株は、不存在であるから、本件新株について康重が議決権を行使する余地はなく、その行使を認めている本件支給決議には、その意味で、瑕疵があるといわなければならない。
3 本件支給決議の内容の当否
(一) もっとも、康重が引き受けたという本件新株を除いても、康重ら三名は被告の株主であるから、その議決権に基づいても本件支給決議がされていることになる。そこで、原告らは、本件支給決議は、その議決権行使の対象となった株式の問題とは別に、内容的にも、特別の利害関係を有する康重ら三名が決議に加わった著しく不当な決議であると主張するが、本件支給決議は、前代表取締役に対する弔慰金及び退職金の支給に係る決議であるとはいえ、当該前代表取締役が死亡していて、実際に支給を受けるのは、その相続人である康重ら三名であるのであるから、当該決議が康重ら三名にとって特別の利害関係を有する決議であったことはいうまでもない。
(二) しかも、前説示したように、本件支給決議は、本件増資登記を経て、本件借地権の売却、平成八年総会における解散決議といった一連の事実経過から、原告らを排斥して、本件借地権を売却して被告の営業を廃止することとし、その残余財産となるべき売却代金を株主である原告らに分配することなく、康重ら三名で取得するための便法として行われたものというほかはないのであって、著しく不公正な決議であることは論を待たない。
(三) 被告は、本件支給決議が亡克己に対する弔慰金及び退職金として相当であったように主張し、亡克己の妻八重子は、その主張に沿う供述をするが、被告の顧問税理士であった内田清の証言に照らせば、八重子の供述、越澤の陳述書(乙一五の1)を含め、被告の主張は、およそ妥当性がなく、採用することができない。
二 甲事件請求の当否
1 前認定・説示したところによれば、本件支給決議は、特別の利害関係を有する康重ら三名が加わって行われた決議で、著しく不当な決議であるといわなければならないから、原告らの主張するその余の取消事由の当否について言及するまでもなく、取り消されるべきものである。
2 この点につき、被告は、第二次決議の取消請求は、出訴期間を徒過しているので不適法な訴えであると主張する。しかし、第二次決議は、第一次決議を一部修正した追認的な決議にとどまることが明らかなところ、本件における訴えの追加的変更がされた新旧各請求の関係からすれば、第二次決議の取消請求に係る訴えは、第一次決議の取消請求に係る訴えが提起された時点で提起されたものと同視することができ、その出訴期間は遵守されたものとして取り扱うのが相当であるから(最高裁平成五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、被告の主張は採用し得ない。そしてまた、被告は、第一次決議の取消を求める訴えについて、訴えの利益がないとも主張するが、その主張は、第二次決議が有効であることを前提にするところ、その前提を欠くことが明らかであるから、採用の限りでない。
3 したがって、原告らが本件支給決議の取消を求める請求は理由がある。
三 乙事件請求の当否
1 前認定・説示したところによれば、本件新株発行も不存在であるといわなければならない。
2 この点につき、被告は、新株発行不存在確認の訴えについても、新株発行無効の訴えについて規定されている出訴期間の制限が認められるべきであると主張する。しかし、新株発行の事実はあるのに、その効力が争われる新株発行無効の訴えの場合と異なり、新株発行不存在確認の訴えの場合には、新株発行の事実それ自体がないことに加え、例えば、新株発行後も会社が経営を継続している場合においては、会社債権者の利害も考慮すると、会社内部から無制限に新株発行が不存在であるとの主張を許すのは、衡平を失する場合も想定されるので、別異に解する余地はあっても、本件のように新株発行を契機としてこれによって多数派を占めた株主が会社の解散決議をし、しかも、会社の唯一の資産である本件借地権を売却して、会社の継続が予定されていない場合には、会社債権者の利害を考慮に入れる必要も、その余地もない。かえって、会社の残余財産となるべき本件借地権の対価の処分を株主総会において適切に決定するうえでも、本件新株発行の存否を明らかにしておく必要があるということができ、これに反する被告の主張は、少なくとも本件事案においては、採用することができない。
3 したがって、原告らが本件新株発行が不存在であることの確認を求める請求も理由がある。
四 よって、原告らの本訴請求を認容し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 平城恭子 裁判官齋藤大巳は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 滝澤孝臣)